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カテゴリ:Flowers* 2009年 01月 23日
爽やかな香りがした。
祖母が水仙を貰ったらしい。 「綺麗だろう?」 食卓の端に飾られたそれを、私は褒めることができなかった。 「なんで食卓に置くの!洗面所にでも置けばいいでしょ」 そう言って私は花瓶を取り上げ、洗面所の横、しかも少し離れたところに置いた。 祖母は不機嫌になり、その日はケンカになった。 最近、観葉植物に凝っている友人と話していて気付いたことがある。 我が家には食卓に花を飾る習慣がない。 そもそも家の中に植物を置くという考えがないのだ。だから家の中に観葉植物もない。 何かの折に花を貰っても、その花瓶はいつも洗面所に置かれる。 祖母は植物が好きだった。 庭にはいつの間にかチューリップやコスモス、名前も知らない花がたくさん咲いていた。 小さな藤棚やミニバラのアーチを作り、ミニトマトやナスを育てたこともあった。 庭園なのか菜園なのか、小学生の頃は庭がジャングルだった。 その祖母が亡くなって随分と経つ。 今になってあの日のことを思い出したのは、たまたま通りかかった小学校の校庭の隅に、 ひっそりと咲く水仙を見つけたからかもしれない。 あの日、祖母が誰からどんな経緯で水仙を貰ってきたのか。 話していたはずなのに思い出せない。 あの時、飾られた水仙を退かすことに気を取られていた私には。 昔からあの爽やかな香りが嫌いではなかった。 まだ食卓に飾ることはできないけれど。 いつか、飾ることができるのだろうか。 水仙を誇らしげに見つめた、あの日の祖母のように。 ![]() 綺麗だろう、と微笑みながら。 More 2008年 04月 02日
淡く。
日に透かせば、向こう側が見えそうなほど柔らかな。 パステルカラーがふわりと揺れる。 ふわふわと蝶の形を描くそれは、ここにいる一人ひとりの希望や夢を表したようでもあった。 箱庭を抜けた、これから向かう新しい世界への不安をも含んで。 未知への不安と期待、希望。 そして、今このときまで共に過ごした人との別離。 カウントダウンに隠された、言葉にできないほどの複雑な想い。 その全てを包むこの式典には、いつも柔らかな花が飾られていた。 式の最中、それを疑問に思ったこともあった。静謐な空気に、すぐ忘れてしまったけれど。 それでもなぜか、今までの卒業式でも同じ花が揺らめいていた気がしてならない。 ほんの少し、ふわりと漂う芳香に。 外に広がる春の象徴のような桃色とは別に、この季節を気づかされる。 厳かな空間には、照れくさそうな笑顔が溢れていた。 それでいて零れそうな何かを抱えて。 また一人、壇上へと足を進める。 歩み出した先には、窓から差し込んだ光がうっすらと浮かんでいる。 そこを通るとき、誰もが一瞬だけ目を細める。 この三年という年月は長かったのか、短かったのか。 外に舞う花びらが霞のようで。 少しだけ光が揺れて、壇上の淡い花も揺れたように見えた。 壇上を下り、席に着く。 手の中にある、自分がここにいたという証に頬が緩んだ。 「―――君達の門出を願って、この言葉を贈ります」 優しい声に向かって、そのむこうの何かを見るように。 ただ一心に前を見据える。 「卒業、おめでとう」 ふわりと。 淡く色づく全ての花が、笑顔が、想いが綻ぶ。 光が揺れて、開いたドアから風が流れた。 春の匂いを含んだ風が頬を撫でては過ぎていく。 この時間が終わってしまうのが、もったいないと思う。 厳かな空気が、どこか柔らかいような気がする。 喜びと、少しの寂しさも。 それはきっと、春のせいだけではなかった。 ![]() More 2007年 07月 08日
白く細い足が波と遊ぶ。
誘うように寄せた波が彼女の足元を濡らし、そのまま砂をさらっていった。 それに足を取られまいとしながらも、軽いステップを踏むように歩いていく。 横顔は無垢な子どものようで、見ているこちらも楽しくなった。 それだけの気持ちを表すなら、多少なりとも甘い感情が含まれたかもしれなかった。 けれどそれを伝えることは躊躇われて、風に揺れる青をぼんやりと見つめる。 はためいたスカートの花模様。 白地に涼しげな青が映える。 清廉な印象を与えつつ、どこか優しさを忘れない花が彼女に似合っていた。 「海に、行きたいな」 「いいけど、まだ泳ぐには早いよ」 「いいの。見に行きたいの」 「海、好きなんだ?」 「うん。だって、広くてどこまでも続いてて、なんだか幸せな気持ちになるから」 形の定まらない曖昧な感情だった。 ただそれは恋や愛という類のものではなかったし、自分もそれを望んではいなかった。 彼女から降る言動は、やわらかなぬくもりを落として。 そのぬくもりが形の片鱗をなぞって、少しずつ姿を現す。 それは子どもが親や師に対して持つような、一種のどこか憧れにも似たものだった。 けれど何かの形で区切ろうとも、「恋」や「愛」というように名前が付けられない。 どの言葉で表そうとしても、それだけでは足りない気がする。 それほどに、尊い感情であることは確かだった。 ゆっくりと息を吐く。 まだ、時間はある。 彼女から与えられる幸福に、どれだけ自分が救われているのか。 それだけでも伝えられたら、名前を付けて曖昧さを捨てるよりも一番自分らしい気がする。 「どうかした?」 気付けば、思った以上に距離が開いていた。 彼女はこちらを向いて、不思議そうに首を傾げている。 少し強い風が吹いて、彼女の柔らかな髪がなびく。 それを細い指がやんわりと押さえた。 同じ風にスカートが揺られ、海と同じ青が光を弾いてきらめく。 ![]() その光景が、かけがえの無い幸福に思えた。 More 2007年 04月 30日
「素敵なお庭ですね」
不意に聞こえた声に、ホースを持ったまま振り向いた。 見れば、柵の向こうで女性が笑っている。 その人は近所に住む八重婆さんのところの孫娘さんだった。 たしか、名前は―――――――― 「白妙(しろたえ)、さん・・・」 はい、こんにちは、とゆったり口元を緩めて彼女は笑った。 あまり話したこともないくせに、僕は彼女を一方的に知っている。 八重婆さんの茶飲み友達になってから、彼女のことを散々聞かされていたのだ。 話に聞いていた通り、綺麗な人だ・・・。 淡いピンクに色づいている頬が柔らかい雰囲気を出している。 彼女が笑う度に、辺りの空気が和らぐ気がした。 初対面にも近い僕にさえこの笑顔だ。八重婆さんが彼女を自慢の孫だと言うのも頷ける。 「チューリップも綺麗ですね。見ると春が来たという感じがします」 彼女はもう一度、今度は柵の側に咲く花を見つめて笑った。 僕はそれに答えるように微かに笑い、 「・・・そうですね」 と、足元に視線を落とした。 秋から冬になる頃に球根を植えた、春になるといち早く咲く花。 芽吹き始めた色がその季節の訪れを告げる。 別段、花に詳しいわけでもそれを生業にしているわけでもないのに。 僕にとってこの花だけは特別だった。 「たくさん咲いてますけど、全部赤色なんですね」 「えぇ、まぁ。これだけは他の花より特別で」 男が花を大事に育てているのは珍しいと思われただろうか。 少し恥ずかしくなった。 「お好きな色なんですか?」 「まぁ、それもありますけど・・・実は、この花にはジンクスがあるんです」 「ジンクス、ですか?」 恥ずかしいついでに言ってしまえと言葉を続けた。 「この花でプロポーズすると、絶対にOKして貰えるんですよ」 「まぁ!成功した方がいるんですね!」 こういう話に興味があったのだろう。 彼女は好奇の眼差しで続きを促した。 垣間見える可愛らしさが、彼女を一層美しく見せる。 「あはは・・・お恥ずかしい話ですが、僕の父と祖父なんです」 だから効き目があるのは僕の家だけかもしれないんですけど。 僕は頭を掻きながら、そう付け足した。 実際そうなのだ。 祖父は祖母にこの花を贈った。 その頃はまだ数本しか咲かず、花束にできる程ではなかったと昔話ついでに聞かされた。 祖父は庭に咲いた数少ないこの花を、全部切って祖母に贈ったそうだ。 僕はそれよりも父のエピソードに驚いた。 父は珍しいほど厳格で頑固者だった。 ロマンのロの字も理解しない人だった。 その父が。 別れ話を持ちかけた母に、庭から引っこ抜いてきたこの花を一本、渡したそうだ。 まだ寒く、やっと春先に咲いた最初の一本を。 その時の手は微かに震えていのだと、母は僕にこっそり教えてくれた。 「ふふ、意外でしょう?でもね、その一本が本当に嬉しかったのよ」 話す母はとても幸せそうで、幼心に父を少し見直したものだ。 そんな話をすれば、素敵ですね、と優しく微笑んでくれた。 どうやら男が花を育てることには何も感じていないらしく、それが僕を安心させた。 笑われるのが嫌で今まで誰にも言わなかったが、彼女には告げてよかったと思う。 それから八重婆さんの話や近所の催し物の話、しまいには自分の仕事の話までしていた。 話の合間につく、彼女の何気ない相槌一つにも配慮が行き届いていて。 それがまた僕を饒舌にさせていた。 「時間を取らせてしまって本当にすいません。よかったら、庭にある花でお好きな花を言って下さい。数だけはあるので・・・。お詫びと言ってなんですが、お贈りしますよ」 気づけば結構な時間が経っていて、そのお詫びに告げれば。 先ほどの明るさとは一転、彼女の神妙な顔があった。 数度目を泳がせ、どこか悩むように口に手を当てている。 「白妙さん?」 「・・・じゃあ、あの・・・アレ、を一本。頂けませんか」 どの種類にするかで悩んでいたのか、白く細い指が躊躇いがちに伸ばされた。 示された先にあったのは、赤いジンクスの花。 話に出たからか、丁度手前に咲いていたからか。 本当に一本でいいのかと問えば、一本でいいのだと返される。 花を選ぶとき、一瞬、彼女の顔に恥じらいの色が浮かんだように思えた。 誰かに贈るのかとも聞けず、彼女が花を贈る相手に少しの羨望を抱きつつもその気配を出さないよう叱咤して、一本切って渡した。 しばらくその花を見つめていた彼女は、急に決心したように顔をあげた。 ![]() 「え?」 ジンクス、彼女、そして。目の前に出された、一本のチューリップ。 「私があなたに贈ったら、これもジンクス成功になるんでしょうか・・・」 「・・・え?」 「女から贈ってはおかしいですか?」 「いや、・・・・・・えぇ!?」 これ以上ないというぐらい動揺する僕に。 実はずっと前からあなたと話したかったんです、と彼女はふわりと微笑んだ。 More 2007年 03月 19日
見上げた空は、ここ数日の曇りが嘘のように晴れ渡っていた。
窓の外には春の象徴のような薄紅色が広がっている。 淡く色づいた花びらが舞い落ちる。 今の気持ちがそうさせるのか。どこかふわふわと頼りなく、落ち着かない。 今日までの日数をカウントダウンした紙も黒板に描かれた色とりどりの文字も、教室を鮮やかに彩る。 胸に花を咲かせた友人達はその前で写真を撮っている。 喜びと少しの寂しさを紛らわせ、大げさともいえるくらいに笑い合う。 かく言う自分も、さっきまでそうしていた。 けれど不意に見回したとき、いるはずの幼馴染がいなかった。 さり気なさを装って友人達の輪から抜け出したものの、足早になってしまったのには気づかれたかもしれない。 * 「・・・何してるんだ?」 校舎の裏、人気のないその場所で、彼女はベンチに座っていた。 こちらからは背中しか見えないが、見慣れた後姿は彼女のものだ。 切れた息を整え、ゆっくりとその背へ近づく。 「んー?桜を見てたの」 彼女は首だけ後ろに向けた。 その拍子に肩より少し長い黒髪が揺れる。 近づきながら、その様が綺麗だと思った。 彼女はいつもと変わらない、どこか幼さを感じさせる声音で。 「それよりも、いいの?生徒会長がこんなところに来ちゃって。準備もあるんでしょ?」 「どうせ答辞を読むだけだ。他の準備は役員が勝手にやるだろ」 「みんなに怒られるよ」 知らないからね、と呆れたように笑う。 そのまま彼女の隣に座り、ため息をついた。 「大変だね」 面倒くさいと思っていることを知っているからだろう。労うようでいながらも、くすくすと笑う。 そんな彼女の胸にも自分の胸にも“卒業おめでとう”の文字と赤い花が咲いて、風に揺れた。 教室に戻らないのかと問えば、もう少し、と言って動かない。そんな彼女を放っておくことは何となく気が殺がれて。 ・・・そういえば、彼女と話すのも久しぶりだった。 「・・・外の大学、行くんだって?」 どこかぼんやりとした口調で、それでもやわらかな雰囲気は壊さないままに。 桜に視線を向けて彼女は言った。 あぁ、やっぱり知っていたのか。 彼女に知られないよう、できる限り家族にも友人達にも頼んでいた。 せめて自分の受験が終わるまでは、と。 生徒の大部分が内部進学であり、それが当たり前となっている校風の中で外部の大学を受けた。彼女は他の生徒同様、内部に進学することが決まっていた。 合格の知らせが届き、担任や友人に祝われて。そこから広まって彼女の耳にも届いたのだろう。受験の話はもちろん、結果も伝えていなかった。 ・・・本当に、何も伝えていなかった。 「ずっと、一緒だったのに・・・」 抑揚を抑えたような声は、それでいて震えていた。 はっとして見つめた横顔は、桜に向いたままで。 さっきより強い風が吹いても、その瞳がそらされることはなかった。 何か言おうとしても、彼女のまとう雰囲気には抗いがたくて言葉を呑んだ。伝えようとしても言葉が思い浮かばず、喉に何かが絡まったようで気持ちが悪い。 彼女は何かを耐えるように瞳を細め、ゆっくりと瞬きを繰り返している。 静謐な様でありながらも僅かに震える目蓋に、静かな感情の波を見た。 まつげの先に、光が集まる。 その白い頬に一筋の光が落ちたとき、考えるよりも先に体が動いた。 聞こえるのは自分と彼女の心音、時折しゃくりあげる泣き声。 これ以上力を込めたら折れてしまいそうなほど細い体躯。 花びらを揺らした風が、前髪を撫でていく。 その風が彼女の髪を揺らすたび、やわらかな光が空気と絡んできらめいた。 抱きしめた彼女から甘やかな香りがして。 花のような、懐かしいようなそれにホッと息をつく。 そして。 あぁそうか、と。 今さら思いついたように視線を上げる。 薄紅色の花と、その梢の隙間から微かに見える青い空。 視界の端を風に流された花びらが舞う。 こんなに感傷的な気持ちになるのは、この花のせいかもしれない。 けれど、切なさの中にもどこか甘さを感じさせる。 風と共にもたらされるそれに。 腕の中の温もりに。 じんわりと滲む愛しさに、泣いてしまいそうだったのは自分の方だ。 至極当然だと思っていた距離が、奇跡のような幸福だと今さら気付くのだ。 喉に絡まる何かを殴り捨てても告げたかった。伝えたかった。 本当ならもっと大切にして形にして言うべきだったはずの。 万感の想いをこめて告げたかった言葉は、音とは呼べないほどに掠れていた。 好きだ 卒業、おめでとう 緩慢に顔をあげた彼女は言葉の意味を確かめるように目を瞬かせ、頬を紅潮させた。 そして潤んだ瞳を細めて笑う。 目尻から一筋、光が軌跡を描いて頬を伝った。 答えを紡いだ彼女の声が、風に乗って耳に届く。 ぬくもりを持った余韻は、知らず強張っていた頬をほぐしてとけた。 彼女が幸せならいいと思っていたのに 彼女を取り巻く世界の一部になりたいと思った ![]() そよぐ梢は高く。ひらひらと気まぐれに花びらが舞う。 仰いだ先の、揺れる薄紅が眩しかった。 More 2006年 12月 27日
「あなたは雪と椿が似合いますね」
「・・・それは褒めているのか、それとも貶しているのか?」 そう言って、ふいと視線を逸らされる。 そんなことは分かっていた。 呆れたように一笑されたが、冬になる度、私はそう思っていた。 触れようものなら溶けてしまう雪、落ちてしまう花。 だからこそ誰一人として触れられぬ、孤高の人。 それを知っていた私は、触れることを躊躇した。 それなのに・・・。 冬の静謐な空気の中、そこだけが絵に描いたように浮かび上がっていた。 庭の奥まったところには一対の椿が咲いている。 濃紅と純白。 毎年、雪が降った次の日には、必ず彼(か)の人と共にそれを見に行った。 こぼれた吐息が世界を僅かに白く染める。 その吐息ごしに、その向こうにたたずむ気高い後姿と艶やかな椿を見ていた。 それは一枚の完璧な絵。 「やはり雪と椿が似合いますね」 気付けば、今年もまた同じことを告げていた。 彼の人は振り返り、いつかと同じような呆れ顔で返した。 「お前はまたそれか・・・、」 言いながら、ふと何かを考えるように顎に手を添え、そのまま黙りこんだ。 そんな風に黙り込むのは珍しく、やはり気に障ったかと不安になる。 「あ、あの・・・」 「それも、良いかもしれんな」 何を思ったか、その人は。 先ほどまで眺めていた椿に手を伸ばし、花が落ちぬよう、そっと一枝手折った。 「あ、」 あまり手折るのを良しとしない人だからこそ、その所作に驚いた。 「・・・よいのですか?」 渡されるまま受け取ってしまったが、首を傾げずにはいられない。 「あぁ、かまわん」 そう言いながら彼の人は。 その指で。 私の頬に、触れた。 たった一瞬の、熱 私にはそれがひどく長いことのように思われて、思わず離れる指先を目で追ってしまった。 「だいぶ冷えた。戻るぞ」 彼の人は歩き出し、そのまま私の横を通り過ぎる。 過ぎ去り際、笑ったような気配がした。 「どうした、顔が赤いぞ?」 「………………っ!」 追うように振り向けば、もう背中は遠くなっていた。 顔に熱がこもる。 (いま、のは・・・) 彼の人が触れた頬に触れ、そのまま口元を覆う。 (私が躊躇した距離を、あの人は簡単に取り払う) (他愛のないことのように、こんなに、容易く・・・) 視界に入るのは、渡された椿。 微かに雪をまとった赤椿は瑞々しく、凛と咲き誇る姿は艶やかで、堪らずに目を伏せた。 (囚われる) そんな私の後ろで、椿がぽたりと落ちる。 その音が、耳に響いた。 ![]() 赤い椿 白い椿と 落ちにけり 2006年 12月 04日
僕は泣いた。
夢が破れて、夢に敗れて、泣いた。 終わるのだ、ここで・・・。 それは雪が降り積もった日だった。 一面の銀世界。 その冷たさに触れ、そのまま倒れるように頬を埋めた。 不思議な気持ちだった。 冷たいのに、流れる涙は熱いのだ。 雪に埋もれた僕の、頬をつたう涙。 終わるのか、ここで・・・。 さく、さく、と雪を踏みしめる音がする。 埋もれたままで、首だけを音の方へと向けた。 思ったより、その人は近くまで来ていた。 「大丈夫。まだ、終わりじゃないよ」 雪かと思った。 その人の手にあるものは。 まだ止まることを知らない感情は流れ続けている。 それでも、滲んだ視界を精一杯に開けば。 その人の手にあるのが、ほんの小さな花だと気づいた。 優しさという名の、小さな、“希望” ![]() More 2006年 11月 07日
印象に強いのはあの背筋。
まっすぐ前を見つめる、凛としたあの背中を追いかけて。 ただ一心に願うのは。 あの人にメールを打とうとするけれど、途中で手が止まる。 何を打っていたのか、何を打とうとしたのか分からなくなる。 会いたいと打てばいいのだろうか、会えもしないのに。 もどかしい こっちの天気とか周りで起きたこととか、本当に伝えたいことはそんなことじゃないのに。 とりあえず何か打とうと指を動かしても、できる単語には統一性が無くて空回る。 思うように指が動かせないのがもどかしい。 目を閉じると、あの人の顔がちらつく。 すっと伸びた背筋さえ見えるような気がする。 今、この時。あの人は何をしているんだろう。 また私には理解できないような書類と戦っているんだろうか。 ・・・私のことを思っていてくれているかもしれない。 でもきっとそれは、穏やかな気持ちで。・・・親や兄のような気持ちで。 いつも前を行くあの背中に追いつきたくて。 手を引いてもらうのでなく、同じ目線で隣に立ちたくて。 もどかしい 会いたいとか淋しいとか打ってみようか。 あの人は会いに来てくれるだろうか、それとも子どものわがままだと呆れるだろうか。 相変わらずメールの文は進まない。 指が動かない。 ああ、本当にもどかしい 想いを伝えられないことも、この距離も、何もかも。 もどかしい きっとあの人は「オトナ」だから、こんな気持ちになどなりはしないのだろう。 ![]() でも、だからこそ。 「コドモ」のわがままだと思って聞いて欲しい。 “会いたい” 2006年 10月 14日
それは“相思華”の花が優しく揺れる時節だった。
「私はこの花が好きですよ」 微笑んだ彼女は、ひっそりと咲くそれに手を伸ばした。 「どうして?暗い花なのに・・・」 何となく不気味で。 だから怖くて、私はこの赤が好きではなかった。 「あまり知られてはいないのですけど、この花は“天上の花”なのですよ」 そっと花に触れた指先に、細心の注意が払われているのを感じた。 そうして彼女はごめんなさいね、と呟き、その花を手折る。 「不吉のように感じるかもしれませんが、良いことも起きるかもしれませんよ」 そんな意味も込められているのです、と瞳を細める。 あまりに彼女の瞳が、この赤が愛しいと言うから。 だからその雰囲気を壊したくなくて、“天上の花”の意味を聞き損ねてしまった。 「・・・私も年を取りました。あの人と同じ年になってしまいました。だから、もう一度あの人に会える日は、そんなに遠くないのかもしれません」 静かに逝った彼女の最愛の人は、私の頭をよく撫でる人だった。 「悲しくは、ないのです。また会えることを知っているのですから・・・」 視界で赤が揺れる。 彼女の持つ赤も揺れる。 指先に揺れるそれを、彼女は差し出した。 「あなたは大丈夫ですよ。独りではありません。望む場所へお行きなさい」 赤い花の向こうで彼女が鮮やかに笑った。 彼女は時に儚くて、それでいて強い。 「・・・う、ん」 彼女の手からそれを受け取る。 不安も何もかもお見通しなのか。 きっと聞いても彼女は微笑むだけなのだろうが、確かに私の中の迷いは晴れた。 「ありがとう」 おそらくここにあの人がいたら、穏やかに笑うのだろう。 そう考えると、少し照れくさいような気持ちがする。 私の言葉に答えるように、彼女の小さな手が頭を撫でた。 最愛の人がしていたように。 私を撫でるこの手の温もりは祈りに似ている。 目を伏せ、受け取った花を見つめた。 揺れる赤が眩しい。 この花が空から降ってきたら、さぞ綺麗だろう。 「・・・・・ありがとう」 もう一度呟いた言葉は、ひどく幼く聞こえた。 この人達の前ではいつも子どもに戻ってしまう。 「屋敷に戻りましょうか」 頭を撫でながら、彼女は気遣う優しい声で問う。 「まだ、もう少しだけ・・・」 もう少し、ここにいたかった。 自分で立たなくてはならない日がくるのを知っているから、この温もりに甘えているわけにはいかない。 けれど、今だけは。 「ここに、いたい・・・」 今だけは。 ぽんぽんと頭を撫でられた後、今度は髪を梳くようにゆるやかに撫でられた。 仕方のない子ね、と優しい声がする。 きっと今、この花から視線を上げれば、彼女は笑っているのだろう。 この手の温もりに救われていたのだと気づいたのは最近だ。 やさしくて、あたたかい。 風に吹かれた自分の髪と、揺れる赤。 目を閉じれば、聞こえる。 さらさら さらさら、と。 もう、この赤い花を怖いとは思わなくなっていた。 ![]() 天上の花が、聞こえる。 2006年 10月 01日
夏に比べ、だんだんと日が落ちるのが早くなってきた。
夕方と言っても肌寒い。 今は夕陽がさしているが、もうすぐ暗くなる。 校庭から聞こえるかけ声は野球部のものだろう。 その声をBGMに、俺はプリントを睨めつけていた。 全く分からないわけではないが、最後の答えまでは辿り着けない。 そんな数学の迷路から脱出したのは、あいつが教室のドアを開けたときだった。 「だからね、この⒳を下の⒴に代入して・・・」 解けなかったプリントの問題は、あと一問。 入ってきたクラスメイトのおかげだった。 そいつは前の席のイスを動かして、俺と向かい合うように座っていた。 「・・・こうすると⒳が出てくるでしょ?それで・・・」 不意に、ふわりと甘い匂いが鼻先を掠めた。 「何か甘い匂いしねぇ?」 俺が説明を遮ったのにも拘らず、咎めずにクラスメイトは顔をあげた。 その瞬間にも、甘い匂い。 「え?…あぁ、それ、金木犀の香りよ」 「金木犀?」 「そう。裏の家のお婆さんがね、この前ポプリをくれたから」 ほら、と言ってクラスメイトはポケットから小さな袋を取り出した。 薄いオレンジ色の袋の中には、袋と同じ色の小花が入っている。 そういえば、帰り道にオレンジの小さな花が咲いている木があったなと頭の片隅で思った。 鼻を掠める、甘い香り。 へぇ、と言って興味のない振りをしたが、一度意識してしまうと、どうしようもなくその香りが気になった。 「さて、課題も終わったし、帰ろうか」 夕陽が顔を照らし、それによって影ができる。 クラスメイトの唇に浮かんだ微笑に、視線が引き付けられる。 穏やかな瞳。 柔らかい声。 甘い、香り。 おかしい。 このクラスメイトは・・・いや、彼女は。 こんなにも綺麗だっただろうか。 席を立って、ドアに向かう。 返事がないことをいぶかしんだのか、彼女は振り返った。 「・・・帰るんでしょ?」 「あ、あぁ」 顔が熱い。 一緒に帰るのは、いつものことなのに。 当たり前のようなこの距離に、緊張している。 なんてことだ。 顔が、熱い。 彼女が纏うからなのか。 その香りに、不覚にも色気を感じてしまった。 ![]() More < 前のページ次のページ >
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